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宝石箱の意。少しづつ増えていくコレクションのように。
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2011年08月22日 (月) | 編集 |
長崎5日目。
当初の予定では、この日に出発でしたが
唯一の運転手が、昨日40年ぶりの同窓会ならぬ暴走会でしたので
身体のことを考え、もう一泊してから帰ることにしました。




そう、私、免許ないんです…。
こういうとき、とっておいたらよかったなって激しく思いますね。
高校卒業のときに勢いでとっておいたらよかったなー…。




親戚のお寿司屋さんから、お昼食べに来ない?と電話があり
二日ほど前にも家にお邪魔してお寿司いただいたばっかりだというのに
ずうずうしくもお邪魔してきました。

はー、来年もこよ。

いやー、おいしかったわー。
特にキスと、アジ、カツオ。
あと、ウニは言わずもがな、おかわりしてもた鉄火巻き…。
海苔が最高の状態で、パリッパリ。
あんなん、食べたことない。
あ、よだれ出てきた。







そのあと、30年以上も入院しているお寿司屋さんのおばさんのお見舞いにも
初めて行くことが出来ました。
私が生まれるのとほぼ同時期に倒れてしまったおばさん。
会うのは二度目らしい。
つるっつるの卵みたいなきれいなお顔で、誰かなー?と私を見つめておられた。
幸子ですと言って手を握ると、顔をくしゃくしゃにして笑ってくださった。
自然と、涙が出た。



それから、お母さんたちの生まれたところ、住んでいたところ、
色々引越ししていたみたいなので何箇所もあるのだけど
ルーツめぐりというか、車でぐるぐる。




原爆資料館にも行きました。
ここ自体は私は二度目なのですが、おばあちゃんと一緒に、というのは
とても大きな意味があります。

おばあちゃんは当時、爆心地から1.2キロの
三菱の兵器製作所で働いていたときに被爆しました。
資料館でもその工場が、鉄柱の瓦礫と化した写真がありましたが、
まさにその瓦礫の下敷きになって助かったのです。

おばあちゃんを車椅子に乗せて、
時々立ち止まって、当時の写真を眺めながら、
おばあちゃんにとっては本当は思い出したくない事かもしれませんが
いろいろなことを話してくれました。

地下には、被爆者で亡くなられた方の名簿が収めてあり、
3年前になくなったおじいちゃんもここに名簿があるんだと思うと、
心臓のあたりがきゅっとなりました。






長かった長崎の旅もいよいよ終わりに近づいてまいりました。
今回は本当に、ルーツの旅でとてもよかったです。

自分が生きている背景にはさまざまな人や事柄があるといいうこと、
一人一人がドラマティックで、誰かが悪いとか、誰かが正しいなんて
他人が言えることではないということ。

わかっていたつもりだったし、そういう考えを持っていたつもりだったけど
より、理解が深まったというか、身に本当に浸透した気がします。

それから、今ある自分と周りの人を大切にすること。
今日を精一杯生きるということ。
当たり前だけど、できていない時もありました。
今回の旅は、弱っている自分に、迷っている自分に、サボっている自分に
奢っている自分に、すごくプラスになりました。



長崎、ありがとう、さようなら。
絶対また来ます。

目的地まで790キロ!
本当に毎日…











原爆資料館にて、しみじみとした気持ちになりながら車椅子を一人で返しに行ったとき、
びっくりした一枚。

先…せ…い…?



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